【下級裁判所事件:損害賠償請求事件/大阪地裁3民/平31・3 ・29/平24(ワ)4255】

要旨(by裁判所):
第1事案の概要
本件は,平成16年3月から平成22年9月26日にかけて出荷販売された「茶のしずく石鹸」と称する薬用洗顔石鹸(以下「本件石鹸」という。)を使用したことによって,小麦アレルギー等(以下,本件石鹸の使用によって生じたアレルギーを「本件アレルギー」という。)を発症し,重大な健康被害を生じたと主張する原告ら20名が,本件石鹸及びその原材料の一つであり,本件アレルギーのアレルゲンとなった加水分解コムギ末(グルパール19S)には欠陥が存在するとして,本件石鹸の製造又は販売を行った被告株式会社悠香(以下「被告悠香」という。)及び被告株式会社フェニックス(以下「被告フェニックス」という。),グルパール19Sの製造販売を行った被告片山化学工業研究所(以下「被告片山化学」という。)に対し,それぞれ製造物責任法3条に基づき,包括一律請求として,特に重篤なアレルギー症状であるアナフィラキシーショックを生じた原告らについては各1500万円,その余の原告らについては各1000万円の損害の賠償等の連帯支払を求めた事案である。
なお,本件については,合計5次にわたる提訴があり,口頭弁論の併合がされた結果,原告の総数は一時120名となったが,口頭弁論終結時までに,うち91名については訴訟外において和解が成立したこと等により訴えを取り下げ,うち9名については裁判上の和解が成立したため,本判決の対象となる原告らは20名である。
第2当裁判所の判断の要旨
1本件石鹸の一部には,被告悠香を単に「販売元」と表示したにすぎない仕様のものが含まれるが,被告悠香は,本件石鹸が自社のブランド製品であることを強調し,消費者に対し通信販売を通じて一手販売をしていたこと,有名女優を起用したテレビコマーシャル等により,自社の名において積極的な広告宣伝を行い,爆発的な売上げとなったこと等を踏まえれば,本件石鹸は,被告悠香の製品であるとの社会的認知が確立していたと認められるから,全販売期間を通じて,被告悠香は本件石鹸の「製造業者等」(実質的製造業者)に該当する。
2洗顔用石鹸ないし化粧品は,人の皮膚に触れて身体に直接作用する化学製品であることから相当高度の安全性が求められる一方,使用者自身の体質等に応じて不可避的に「化粧品かぶれ」等といわれる健康被害を生じる可能性もあるといった製造物の特性を考慮すれば,本件石鹸に欠陥があったといえるかについては,製品の使用によって生じた被害の内容・程度,被害発生の蓋然性,製品の有用性,指示・警告の有無・内容,及び法令等への適合性といった種々の事情を考慮した上で,本件石鹸が引き渡された当時の社会通念に照らし,「欠陥」すなわち通常有すべき安全性を欠いているか否かをもって決するのが相当である。
原告らを含む本件石鹸の使用者らは,本件石鹸を洗顔等に使用することによって,本件石鹸の配合成分の一つであったグルパール19Sに対して経皮経粘膜的に感作を生じ,その後,経口摂取した小麦に対してもアレルギー症状を引き起こすようになったものであるが,半数程度の症例においては,複数の臓器にわたる全身症状であるアナフィラキシー症状を生じ,更に約4分の1程度については意識消失,血圧低下といった,適切な処置を施さずに放置をすれば死に至る可能性もある危険な状態であるアナフィラキシーショックを生じたというものである。このように,本件アレルギーは,一般に想定される化粧品に触れることで生じる比較的軽微かつ局所的な皮膚障害の範囲を超えて,相当重篤な症状を内容とするものであり,これを根治するための確立した治療方法も存在せず,一旦発症すると上記の症状が相当長期間にわたって継続すること,本件石鹸は薬事法上定められた承認を得ていたなど行政規制に沿って製造販売されたものであったが,実際の承認手続の内容に照らせば,アレルギー被害の発生に関して必ずしも十分な安全性が担保されていたとは評価できないこと等の事情に照らすと,本件石鹸が原告らに引き渡された当時の実用的な科学技術的水準からすれば,被告悠香や被告フェニックスを含む製造業者らにおいて本件アレルギーによる被害を具体的に想定して製品を開発,製造することは困難であったという事情を考慮したとしても,本件石鹸は,重篤な食物アレルギーを引き起こす危険性を有していた点において,社会通念上,製造物として通常有すべき安全性を欠いており,その製品設計上,欠陥があったと認められる。
3製造物責任法は,当該製造物を引き渡した時点における世界最高水準の科学技術的な知見によっても,当該製造物に欠陥があることを認識することができなかったことを製造業者等が立証した場合には,当該製造業者等において賠償責任の免責を認めている(いわゆる開発危険の抗弁(製造物責任法4条1号))。
本件石鹸の欠陥内容については,本件石鹸の引渡し当時における国内の一般的な医学的知見によれば容易に認識し得るものではなかったと認められるが,当時から既に知られていた海外の症例報告の存在,グルパール19Sがグルテンに部分加水分解を施して得られた小麦由来の成分であること等に照らせば,当時,入手可能であった知識の総体としての世界最高水準の知見をもってしてもなお,上記した本件石鹸の欠陥を認識できなかったとまでは認められない。したがって,本件石鹸につき,被告悠香及び被告フェニックスに開発危険の抗弁は成立しない。
4グルパール19Sは,本件石鹸の配合成分の一つとして使用された原材料であるが,それ自体も被告片山化学によってグルテンを原材料として酸加水分解処理を施すなどして製造された「製造物」であるから,本件石鹸とは別に,製造物としての欠陥の有無が問題となる。
これまでに明らかになった医学的知見によれば,本件アレルギーの抗原はグルパール19Sであり,グルパール19Sが感作抗原性を獲得した原因もグルパール19S自体の製造過程にあったとされており,原告らを含む本件石鹸の使用者らは本件石鹸の原材料成分であるグルパール19Sに起因して本件アレルギーを発症したものと認められる。
グルパール19Sは,本件石鹸の原材料として特注された製品ではなかったものの,広く食品・化粧品への添加,配合を前提とした添加素材,成分であったところ,このような製造物の特性を考慮すれば,その欠陥の判断は,当該製造物が,社会通念上,化粧品及び食品に配合,添加される原材料として通常有すべき安全性を欠いているか否かをもって決するのが相当である。そして,このような欠陥の有無を判断するに際しては,製品被害の内容・程度,原材料自体の製品としての有用性,製品の使用者に対する指示・警告の有無,内容,法令や公的規制への適合性といった事情のほか,特に当該原材料が完成品において「通常予見される使用形態」に沿って使用されたか,原材料の他に製品事故の要因が存在するかを重視すべきと解される。
本件石鹸にグルパール19Sを配合すること及びその具体的な配合濃度は被告フェニックスによって決定されたこと,石鹸には界面活性剤が含まれ皮膚膜や角質の分解作用があり,特に本件石鹸ではダブル洗顔が推奨されるなど頻繁に顔に触れることを想定した製品であったことなどが認められるが,いずれも広く化粧品用途一般に利用可能とされたグルパール19Sの「通常予見される使用形態」の範囲内の用途,用法ということができる。そして,当時の科学技術的水準に照らせば,グルパール19Sは薬事法に基づく規格に適合する成分であり,行政規制上あるいは実務慣行上,ある原材料を用いた化粧品等の安全性は,化粧品(完成品)の製造業者において確保するよう求められていたこと,同種の製造業者等においてグルパール19Sに起因して本件アレルギーの発症を具体的に予見することは困難であったことが認められるが,他方で,前述した本件アレルギーによる被害の程度の重大性,グルパール19Sの製造販売に際しては天然素材である小麦に由来する成分であるとされていたこと,本件では原材料自体が原因となって重大な健康被害を生じたと認められ,完成品製造業者のみが責任を負うべきと解する根拠は見出せないこと等も併せ鑑みれば,グルパール19Sは,社会通念上,化粧品に配合,添加される原材料として通常有すべき安全性を欠いており,その製品設計上,欠陥があったと認められる。
5原告らは,20名全員が本件石鹸の使用歴を有し,特別委員会の示した診断基準を満たしており,本件石鹸を使用した結果,本件アレルギーを発症したものと認められる。原告ら各自が被った被害の内容は,各自の具体的症状,経済的状況及び社会的環境などによりその内容,程度を異にするものであるが,本件石鹸の使用による本件アレルギーの発症及び相当程度の長期間にわたる症状の継続という共通の事実関係を前提として,その限りにおいて,包括的,一律的な損害額を認定することができると解される。ただし,原告らの中でもアナフィラキシーショックを生じた者については,特に重大な被害を被ったといえるから,別途損害額を加算するのが相当である。
原告らが被った損害の金銭評価については,原告らは,いずれも,小麦を摂取する毎に種々のアレルギー症状を呈して苦痛を被ったこと,症状の発現を避けるべく相当長期間にわたって小麦摂取の制限を余儀なくされ,これに伴って様々な肉体的・精神的苦痛,社会的,経済的不利益を被ったことが認められるが,個々の症状の発現自体は,基本的には一過性のものであり,小麦の摂取制限に伴う不利益の大部分も行動の制限にとどまること,本件アレルギーの一般的な予後としては通常の小麦アレルギー等と比較しても良好であり,回復傾向が医学的知見により客観的に裏付けられていること,原告らの中には皮膚症状を生じたにとどまる者もいること等を踏まえれば,原告ら全員に生じた共通損害としては150万円とするのが相当であり,特に,ショックを生じた者については,その症状の重篤性等に応じて100万円を加算する(合計250万円)のが相当である(ただし,既払金控除前)。なお,アレルギーの発症や予後が環境的要因,原告ら自身の遺伝的要因,体質によって左右される面は否定できないとしても,本件を通じて,これを理由に損害額を減額すべきではない。

認容額の総額は4195万8267円(既に支払われた金員を除く)

(PDF)
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/741/088741_hanrei.pdf (裁判所ウェブサイトの掲載ページ)
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail4?id=88741